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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1193号 判決 1959年7月07日

控訴人(原告) 武内武

被控訴人(被告) 東京都知事 外一名

原審 東京地方昭和三一年(行)第五六号(例集八巻五号80参照)

主文

原判決を取り消す。

被控訴人東京都知事が別紙目録記載の土地につき、昭和二三年二月二日附でなした控訴人に対する買収処分及び同日附でなした被控訴人吉野軍治に対する売渡処分は、いずれも無効であることを確認する。

被控訴人吉野軍治は、別紙目録記載の土地につき、東京法務局武蔵野出張所昭和二五年四月一二日受附第一、五八六号をもつてなされた、自作農創設特別措置法第一六条の規定に基く売渡による同被控訴人のための所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人ら各代理人はいずれも控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、別紙目録記載の土地(以下本件土地と略称する。)に対する本件買収処分は、その前提要件たる買収計画の樹立及びその公告を欠くから無効であり、従つてこれに伴う売渡処分も無効で、被控訴人吉野軍治は本件土地の所有権を取得するいわれはないと述べ被控訴人ら各代理人主張の訂正事実を否認し、被控訴人ら各代理人において、右控訴代理人の主張事実を否認し、武蔵野市農地委員会が本件土地に対する買収計画を樹立した日時は昭和二二年一二月一日であるから、従つて原判決四枚目裏六行目に「同年十二月十五日」とあるを「同年十二月一日」と訂正すると述べた外は、原判決の事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

(証拠省略)

理由

控訴人が別紙目録記載の本件土地を昭和一四年七月一〇日以来所有していたところ、被控訴人東京都知事は右土地が自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)第三条第一項第一号に該当するものとして昭和二三年二月二日附で控訴人に対する買収処分をなし、更に同日附で被控訴人吉野軍治に対し同法第一六条による売渡処分をなしたこと、被控訴人吉野軍治のため右土地につき控訴人主張のような所有権取得登記がなされていることは当事者間に争がない。

そこで控訴人主張の無効原因につき順次判断する。

まず、控訴人は、本件買収処分はその基礎である買収計画樹立の議決及びその公告手続を欠くと主張するので按ずるに、成立に争のない甲第七号証の一、二、乙第一ないし第五号証、当審証人田中泰久、同森久保三次、原審及び当審(第一回)証人後藤豊治の各証言を総合すると、武蔵野市農地委員会は昭和二二年一二月一日に控訴人所有の本件土地が自創法第三条第一項第一号に該当するものとして買収期日を昭和二三年二月二日とする買収計画樹立を議決し、同月一五日同法所定の公告をなし、同日から同月二四日までの間武蔵野市市役所において該書類を縦覧に供したことを認めることができる。もつとも、右乙第五号証(農地委員会議事録)によると、昭和二二年一二月一日開催された武蔵野市農地委員会の議事録には、本件土地に関し買収計画が定められた旨の記載は存しないのであるが、しかし前記乙第一ないし第四号証及び前掲田中、森久保各証人の供述を総合すると、後段詳述のとおりの経過によつて、武蔵野市農地委員会は昭和二二年一二月一日本件土地を含む五三筆の買収計画を決定したものであるが、当時右農地委員会の事務繁忙にして、職員が手不足であつたため、同委員会書記において委員会の諒解のもとに、右議事録には買収計画に対し特に出席委員より意見の開陳があつたものについてのみ記載することとし、本件買収計画については何ら異論がなかつたので、その記載を省略したものであることが認められ、右認定に反する証拠はないから、乙第五号証の議事録に本件土地の買収計画決定に関する記載がないからといつて、これをもつて控訴人主張の如く本件土地買収計画樹立の決議が存しなかつたとするは当らない。

又前記甲第七号証の一、二、乙第五号証、当審証人田中泰久、同森久保三次、同後藤豊治(第一回)の各証言を総合すると、武蔵野市農地委員会が昭和二二年一二月一日に武蔵野市役所会議室においてなした本件土地を含む五三筆の買収計画案の審議に当つては、議長が右会場に設けられた卓の正面に、各委員がその左右(一番委員は議長の傍)に各着席し、農地委員会書記は買収計画樹立案の対象たるべき土地を読み上げることなくその農地台帳を一括して議長に提出し、議長はこれを一番委員の卓の前に差し出し、各委員が一番委員の周囲に集合し、一番委員において農地台帳を一筆毎に各委員に示す方法によつてなされたに過ぎないこと、しかも各委員は同日買収計画樹立に関する審議が行われることを知つてはいるものゝ、その具体的な土地についてはあらかじめ通知を受けていないため、当日会場において始めてこれを知るに至つたこと、又同日審議の基礎として各委員に示された本件土地の武蔵野市農地委員会農地台帳(甲第七号証の一、二)には、その会長検印欄、書記検印欄、調査担当者欄、調査年月日欄はいずれも空欄であり、何らの押印又は記載もなく、加えて実地調査欄にも耕作者の氏名、住所の記載なく、のみならずこれに記載されている他の部分は右以外の台帳がペン書きをもつてなされているのに比し鉛筆書きをもつてなされている状態であつて、右農地台帳は農地台帳たるの体裁を具備していないのにかかわらず、各委員から何らこれに対し疑義を差し挾むこともなく、又後藤豊治委員の本件土地につき不在地主たる控訴人と被控訴人吉野軍治間に使用貸借契約が設定されているとの報告に対しても、格別質疑もなく経過し、他の農地と共にそのまゝ買収計画中に組入るべきものと議決したことが認められる。以上認定に牴触する前掲証人森久保三次、同後藤豊治の各証言は信用し難く、他にこれを左右するに足る証拠はない。しかして、以上の経過から見れば、武蔵野市農地委員会が本件買収計画樹立に際しての審議及びこれに基く議決は、いかに事務繁忙の際とはいえ、極めて粗漏にして軽卒の譏を免れ難いのであるが、これをもつて直ちに本件買収計画樹立の議決自体が存しなかつたとは断じ難い。よつて、控訴人の前記主張は採用できない。

次に、控訴人は、本件買収処分は、非農地を農地と認定してなしたもので無効であると主張するので審究するに、原判決の理由に説示(原判決六枚目表一二行目から同七枚目裏三行目まで)するところと同一の理由により、本件土地は当時の現況に徴し、農地に該当すると判定したので、右原判決の理由をここに引用する。当審における全証拠によるも右認定を左右し得ない。よつて、この点に関する控訴人の主張を排斥する。

更に、控訴人は、本件買収処分は、本件土地が小作地でないのにこれを小作地としてなしたもので無効であると主張するのであるが本件土地がその主張の如く小作地にあらざることは次の説明を付加する外、原判決理由に認定(原判決七枚目裏五行目から同八枚目裏一行目まで)するとおりであるから、同理由をここに引用する。即ち成立に争のない甲第一号証、第二号証の一、二、第三号証、原審における証人武内ちかの証言及び控訴本人尋問の結果を総合すると、控訴人は昭和一四年七月一〇日郊外住宅建築用分譲地の一環として売り出された本件土地を住宅建築の目的のため買い受け、建築に着手しようとしたが、資材の入手が困難であつたため一時これを保留し、昭和一五年夏頃には右土地に一時甘藷を栽培したこともあつたが、その後これを放置し、戦後においても本件土地は従前から何人にも使用を許可したことがないこととてその現況も調査しなかつたこと、後記説明のような動機で控訴人の妻武内ちかは昭和二三年一月頃本件土地に赴いた際、右土地に麦が耕作されているのを発見して、その隣接地に居住の被控訴人吉野軍治の妻に問い質したところ、右被控訴人方において耕作していることが判明したので、その無断耕作を責め耕作物の撤去を求めたのに対し耕作物の収穫後遅滞なく本件土地を明け渡すからとてそれまでの明渡しの猶予を懇請するので、武内ちかはこれを控訴人に伝える旨告げて帰宅したが、程なく本件買収処分がなされるに至つたこと、被控訴人吉野軍治はその自認する昭和一五年秋の本件土地の耕作以来控訴人に対し何らの使用対価をも支払つたことのないことが認められる。原審における被控訴人吉野軍治の供述中、右認定に反する部分及び控訴人の妻武内ちかが昭和一九年四月頃及びその後一回本件土地を訪れたとの部分は信用し難い。もつとも前掲証人武内ちかの証言によれば、控訴人の妻武内ちかは控訴人の子息が本件土地から徒歩約一五分の距離にある中学校に入学し、その為同人は数回右中学校に行つたこと被控訴人の子息が昭和二二年秋頃本件土地上の栗の実を採取するため友人と共に右土地に赴いたことを窺い得るが、しかし右証言及び前記控訴本人尋問の結果によれば、控訴人は多忙でもあり、かつ本件土地は農地でも小作地でもない故、農地買収の対象になることはあり得ないものと信じてこれを放置しておいたもので、その妻武内ちかにおいても、本件土地は国鉄武蔵境駅を降りて右中学校に行く道順とは逆の方向にあるためわざわざ右土地を訪れることもせず、控訴人の子息から、右子息が前示栗の実を採取した際に、被控訴人の妻が栗の実を買出人に分けていたことを聞知したので、はじめて本件土地が不法耕作されてはとの危惧を抱き、武内ちかが中学校のP・T・A出席の帰途の昭和二三年一月頃前示のように本件土地に赴いたことが認められ、右認定に反する原審における被控訴人吉野軍治本人尋問の結果は信用し難い。従つて、控訴人の妻武内ちかが前記中学校に行つた事実及び控訴人の子息が本件土地上の栗の実を採取した事実があるからといつて、これをもつて控訴人がその当時本件土地が耕作されていたことを知りながら、これを容認したとか或は被控訴人吉野軍治の右耕作につき何らかの諒解を与えたものとする資料となすに足りない。原審及び当審(第一、二回)における証人後藤豊治の各証言中右引用した原判決理由における事実認定及び前叙の事実認定に牴触する部分はいずれも信用し難く、その他これを左右するに足る証拠はない。

して見れば本件買収処分は小作地にあらざる土地を小作地と誤認してなした点において決定の買収要件を欠き、その瑕疵は甚だ重大であるというべきであるが、若し、当該農地委員会において一応の調査をすればこれが小作地でないことを容易に発見し得た筈であるのにその調査をせず、ために本来買収し得ざるものを買収の対象としたとすれば瑕疵は重大である上になお明白であるということができる。これを本件についてみるに、原審及び当審(第一、二回)証人後藤豊治、当審証人田中泰久の各証言、原審における被控訴人吉野軍治本人尋問の結果(但し以上何れも次の認定に牴触する部分は措信せず)及び当審検証の結果と弁論の全趣旨とを総合すると、被控訴人吉野軍治は当時武蔵野市農地委員会の実務を担当する補助委員であり、従つて自創法による買収売渡等の手続に関しては一応実際上の知識を有しているとみられるのに、農地委員会の施行した農地の一筆調査に際し本件土地を自己が耕作する小作地として申告しなかつたこと、本件土地は以前不動産会社により分譲宅地として売り出されたもので、その一部には外見上明かな土止工事がなされていること、そしてこの事実は本件土地の調査に当つた武蔵野市農地委員会の委員で被控訴人吉野軍治の隣家に居住する後藤豊治においてかねてよりこれを承知していたこと等の事実を認め得べく、他面同被控訴人が本件土地につき、その耕地面積に対応する肥料の配給及び生産物の供出割当を受けていたことはこれを認め難く(尤も原審証人吉野亀蔵は、被控訴人吉野軍治が本件土地に関し農事実行組合から当時肥料の配給を受け供出の割当も受けた旨証言し、当審証人後藤豊治(第一回)は、同被控訴人は供出の割当は受けないがそれに見合う配給を停止された旨証言するが、いずれもその供述の根拠明確を欠く上にこれを裏付ける何らの資料もないので措信し得ない)更に前説示の如く本件土地の農地台帳の記載は極めて不備杜撰であつて農地の耕作関係を登録すべき農地台帳としての体裁及び実質を具備していないのであるから、これによつては被控訴人吉野の耕作権に関する事項を確認するに由なきこと等の諸点に鑑みれば、被控訴人吉野が果して地主たる控訴人の許諾の下に本件土地を適法に耕作するものであるか否かは、的確な資料のない以上、軽々に即断し得べき場合ではないのであるから、武蔵野市農地委員会としては買収計画の樹立に先立ち、職責上一応実情を調査すべきは当然のところといわなければならない。一般に農地が使用貸借契約に基き無償使用されるというのは、むしろ異例のことに属し、土地所有者と耕作者とが親戚又は墾親の間であるとか、土地の管理を託された者が所有者の承諾を得て一時これを耕作するとか、何等かそれ相当の特殊な関係の存する場合に限られるのであつて、また無償使用といつても情誼上作物の幾分かを謝礼として供与するのが多いのであるから、若しも右農地委員会において、被控訴人吉野軍治につき、同人と控訴人との関係、控訴人から本件土地使用の許諾を得るに至つた事情及びその後の経過等を聞き質し、要すれば控訴人にも葉書等をもつて照会するような方法を講じたとすれば、本件土地につき小作関係のないことが容易に判明し得たものと思われる。然るに原審及び当審(第一、二回)証人後藤豊治の証言によれば、農地委員後藤豊治は武蔵野市農地委員会の命により、昭和二二年一一月初旬頃本件土地の耕作関係につき調査のため被控訴人吉野軍治方を訪れ、同被控訴人が控訴人との立話しの形で入用の時まで本件土地の耕作を依頼されて使用しているもので、対価の定めも使用料も何ら支払つたことがないとの回答を得たので、これにより本件土地につき被控訴人吉野が使用権を有することを確認したというのであつて、結局使用貸借関係の調査に当り当然調査すべき事柄を不問に付し単に被控訴人の右のような不充分な回答をもつてたやすく右使用貸借契約の存在を認定したことに帰し、いかにも粗漏且つ軽卒であるといわざるを得ない。

これを要するに、通常であれば一応の調査により到底小作地と誤認すべからざる本件土地をその調査を尽さないためこれを小作地と誤認して樹立した前記買収計画は重大にして明白な瑕疵を帯び無効とすべきであるから、これに基いてなした被控訴人東京都知事の本件買収処分もまた従つて無効たるを免れず、その有効なことを前提とする被控訴人吉野軍治に対する本件売渡処分もまた当然に無効である。それ故これらの処分によつては控訴人はもとより本件土地の所有権を失うことなく、また被控訴人吉野はその所有権を取得するに由なきところであるから同被控訴人は、控訴人に対し被控訴人のためになされた主文第三項記載の所有権取得登記につき、これが抹消登記手続をなさなければならない。控訴人の本訴請求は総て正当として認容すべきである。

よつて、これと異なる原判決を取り消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 二宮節二郎 奥野利一 大沢博)

(別紙目録省略)

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